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 参考資料 8 伊予の陶磁

書名 著者名: 出版者: 出版年:
伊予の陶磁 大内 優徳 雄山閣 1973

第三章 砥部焼以外の焼物

江戸時代、その後期において、幕藩体制下にあって、砥部陶業などとともに藩の殖産興業政策、一般人の企業意欲などとも相まって、また手頃な産業として、伊予国内各地にも陶業が起こり、それがまた明治期にも続いたが、のち廃業したものが多い。
砥部焼以外に確固たる陶業地帯として今日にいたるものがほとんどないのも、その立地条件によるところが多いといわなければならない。
以下、砥部焼以外の伊予の焼物について述べることにする。

一 企業的に主要な焼物

江戸時代後期におこり、比較的長く続き、産業経済史的にも、ある程度役割を果たしたものについて、まず述べることにしたい。

川根焼(周桑郡丹原町高知)

松山藩領下にあって、文政2,3年の頃からも明治中期まで、約50年間焼成を続けた。
その廃業にあたっては、職人が砥部の窯場に流れたとするのは、小規模窯場のたどる帰結ともいうべく、時代もすでに明治中期、産業経済史的にも、注目すべき一つの歴史的必然、事実といわなければならない。一名、代官焼と称するのは、藩政期松山藩代官の支援があったからともいう。