平成18年10月18日 天気:

新居浜太鼓台祭り

先々日、照家の灯油を補給した後、晩ご飯にうどんをごちそうに。
その席で、「明日、新居浜の祭りを見に行かんか?」と誘われました。
新居浜の太鼓台祭りはTVで見るばかり、実際に行ったことがなかったので喜んでOK!
照曰く、「船御幸」とやらが見たいとのこと。

帰宅してすぐ、駐車場や運行スケジュールなどをインターネット検索。
太鼓台関係者の掲示板にも書き込んだりして情報を収集しました。
そこで「船御幸」は3日間のお祭り期間の最終日、18日だと分かり、照に連絡。
18日に変更しました。


18日朝、起床して間もなく、待ちきれないといった感じで照から電話。
照家を8時前に出発しました。
けれど、通勤時間帯の11号線は流れが悪く、思うように進みません。
内心焦ってたら、やはり照も焦ってたらしく、「川内から高速に乗れや」と、優しいお言葉をちょうだいしました。
  ラッキー!

さすが自動車専用道、川内からたった30分で西条インター到着です。
11号線から船御幸が行われる海辺までまっすぐ北上。
普段なら混んでる新居浜市内の道路は閑散として、祭りの日に働いてる不幸な車が少々走ってるくらいで、9時を少し回った頃、船御幸の会場に到着できました。
交通規制のかかる直前の海沿いの道を走りつつ、駐車可能な場所を物色。
現地に行けば何とかなるかなと思ってたけど、下調べした通り、やっぱりダメ。
照は昔人間ですから「そなへんに適当に駐めて」なんてまた言ってます。
「そなへん」とか「適当」とか、ホント、無責任だわぁ。
駐車違反で2万円払ってもいいの?って訊き返すと案の定、黙っちゃいました。
でも、終いには、
「わし、ここで降りるけん、お前、適当に好きなとこ行って来いや」だって。
  な、なんじゃ、それ! わしも祭りを見たいんじゃーー!

とかなんとか、小腹が立ちつつも、実は想定済みだった僕。
この時のためにネット検索・下調べを丹念にしてきたわけで。
照を会場に降ろし、Uターン。
地図で見つけてあった近所の大型スーパーを探しだし、駐車を済ませました。


 会場に向かう途中、初めて間近で見た太鼓台!

「こ、これが、た、太鼓台か!」

初めてガンダムを見たザクのパイロットのような気分で(なんじゃ、そりゃ)、朝日に輝く太鼓台を見上げました。
お祭り仕様の強面のお兄さん方がたむろしています。


昔むかし、正和商事の新居浜支店は役場近くに事務所を構えていましたが、海の近くへと移転しました。
そこはちょうど船御幸が行われる場所で、事務所の真ん前から祭りを眺められる絶好の場所でした。
昭和30年代当時、照は事務所から船御幸を見ていたそうです。

 今は駐車場になっている正和商事新居浜支店跡地。

駐車場の隣、照が働いていた当時からあった小さなお店「みなと食堂」の方がビール安いよと教えてあげたら、

 早速、小指立ててぐびぐび。

やがて、新居浜支店を離れ、以来、新居浜のお祭りはご無沙汰だったようです。
3、40年ぶりのお祭りで、うれしそうです。

 暑いのでアイスクリンもよく売れてました。

「船御幸」っていうのは、太鼓台が船に乗って港を巡る珍しい行事で、平らで巨大な台船に太鼓台が次々と乗せられてゆきます。

 次々とキラキラ輝く太鼓台がやってきます。

太鼓台って大きいし重そうだし、指揮者が4人、更に上にも4人乗ってるし(更に子供も乗ってたり)、中で太鼓叩いてる人もいるしで、担ぐの大変だなー、と思ってたら、

 台車に乗ってました、担ぐと言うより曳く? 

台車が無い状態でも、「台場」と呼ばれる脚が付いてるので肩から降ろせばすぐ自立します。
「馬」がないと降ろせないお神輿に比べ、楽勝に思えました。
事実、後で見に行くかき比べでも、倒れそうになったり、しんどそうになるとすぐ地面に降ろし、仕切り直してました。
降ろした状態で押したりずらすことも可能です。
船御幸でも、船に乗せる直前はずるずると移動してました。

 地面についた引きずった跡。

かけ声もリズムも独特です。
力をためて挙げるぞみたいな場面では、「そーりゃ、えいやえいやー、よいやさのさっさ」と長いです。
動き出したら「そーりゃー、そーりゃー」。
前二人、後ろ二人も乗ってる指揮者が笛を吹くと中から響く太鼓のリズムが早くなり、長いかけ声に合わせ、太鼓台が持ち上がります。

 大きな「房」が付いてる四隅の黒いは「くくり」というそうです。

金糸で龍の見事な刺繍が入った飾り幕は、めっちゃ綺麗です。

  

「携帯で連絡して」と、別行動。
あちこちで撮りまくり。
他の写真は写真蔵で見てね。

 1艘に5台も乗ります。

  

もう1艘にも5台。

 お神輿が、大漁旗が翻る連結された船に乗せられて行きました。

 甲板が太鼓台5台、かき夫で満載になった船を、

  タグボートが押して行きます。

岸壁を離れた船を撮影しつつ、どこまで行くのかなぁ?と追跡。
遠くまで行くのかな? 港をぐるぐる巡るのかな? と期待してたら、歩いて5分の隣の港へあっさり接岸、終了してしまいました。
  1時間以上かかって船に乗せたのに、早すぎです。

なんだ、もう終りかよう、と思っていたら、照からTELが入りました。

「どこにおるんぞ?」
「船追いかけて、太鼓台を降ろしよる所まで来とるよ」
「お前、そんな遠くまで行ったんか?」
   はぁ? 遠く?
「こっちにおいでや、今、(まだ、太鼓台が)船降りよる最中やけん」と、言ったら
「なに言よるんぞ! そんなとこまで行けるかぁ!」
「そんなとこって? 近いけん、歩いといでや」
「なにが近いぞ! 歩いてなんて行けるか!!」と、なぜか声を荒げ始めました。
何か勘違いしてるようで、船着き場知ってる?って言ったら、
「知っとるわ!! そんな遠いとこ、行けるかぁ!!!」と、怒鳴って携帯が切れました。

なに怒り出してんのか、さっぱりです。
多分に勘違いして怒っているのが丸分かりだったけど、戻ることにしました。
太鼓台が船を下りる写真も撮りたかったなー。
元いた場所に戻っても姿が無い。
どこかで行き違ったのかと思いつつ、あれっ?と見渡すと、いました。
まるっきり反対方向へ向かって歩いてる後ろ姿が小さく見えました。
  やっぱり。
「どこ行きよん? 反対よ」と、携帯をかけたら、やっと気がついたらしく、でも、「もーええ、もーええ」とバツ悪そうに切られました。

その後、何事もなかったかのように一緒に港まで歩いて行きました。
僕が5分で来た距離も、照の足では倍ほどもかかったでしょうか。

港に着くと、携帯でキレたお詫びなのか、東京ケーキを買ってくれました。

 わざわざ歩いてきましたが、船から降りた太鼓台には興味がない様子。

すぐに「帰ろか」と言うことになりました。


車を取りにひとりスーパーへ戻り、港で待ってる照を乗せ、海辺を離れました。
車に乗ってすぐ、「さわづ、行ってみるか?」と照。

新居浜は国領川を境に川西、川東と大きく地区分けされ、お祭りも団体分けされています。
今年の船御幸は川西地区が担当で、今日見た太鼓台は皆、川西地区の太鼓台でした。
さわづ=沢津は川東地区。
行ったことないけど、取りあえず、照の言うとおり、車を走らせました。

 そこで出会った田の上太鼓台。

のんびり休んでる風景ですが、翌日のニュースで、この太鼓台がケンカしている映像が流れました。
それはもうボロボロになりながら、土埃を上げ、何度も何度もぶつけ合っていました。
ケンカ中は綺麗な飾り幕は外し、骨組みだけでぶつけ合うようです。
でも、照の記憶では、昔は飾りを付けたままやったので、飾り幕に大穴が開いたりしたそうです。
松山の鉢合わせでは横からぶつけますが、太鼓台は正面から。
かき棒が牛の角のように相手を突き上げます。
台車に乗せて後ろから押すので勢いも相当です。
で、このケンカは逮捕者が5人も出たため、ニュースとなりました。
原因は前日のかき比べでの遺恨だそうですが、写真の太鼓台はボロボロになり、午後の巡行は中止となったそうです。


このまま帰るのもやっぱり、もの足りない…。

ということで、午後から始まる川西地区のかき比べを見て帰ることにしました。

 場所は役場のそばにある一宮神社。一宮とかいて「いっく」と読みます。

ネットで下調べした際、個人の掲示板でとても親切な返事に多数出会いました。
神社のすぐ横にある市民センターの駐車場を教えてもらえたおかげで、駐車難民にならずに済みました。
新居浜の人って優しいわぁ。

 

予定では2時にかき比べ開始でしたが、一向に始まる気配がありません。
太鼓の音すら聞こえてこないまま、だらだらと1時間が経ちます。
タイヤ付いてるんだから、とっとと来い!

 一体、いつになったら…。

  太鼓台が来たら見物人も倍増!

 

待ちくたびれた頃、やっと来ました!
台車から離れ、かき夫に担がれた太鼓台は、山門をくぐり境内へ。
見物人のまっただ中で差し上げられる太鼓台
太鼓台は高さがあるので、人混みからでもよく見えます。
差し上げられた巨体が放り投げられると、大きな房がぶわっ、ぶわっと揺れます。
房がくるっと縦に回ったりなんかすると、見物人からも大きな拍手が上がります。
かき夫らの意気が合うと房もゆさゆさ踊ります。

でも、1台来たと思ったら、次がなかなか来ない。
来たと思ったら、また待たされる…。
境内に入っても、もうかき夫に体力がないのか、すぐ降ろして一息入れまくる。
のんびりしてるというか、共同運行なんてどうでもいいと思っているのか…。

あくびが出始めた頃でした。
ある太鼓台が入場した途端、先に入っていた太鼓台が反応しました。
後から来た太鼓台に向かって、前方のかき棒を突き上げる威嚇ポーズを取ったのです。
どうやら、ケンカの印みたいです。
わき上がり、詰め寄る見物人。

 お宮の前で向かい合う太鼓台。

照はこの時を待っていたようで、必死に背伸びしていました。
かき棒に乗ったかき夫が怒鳴り合い、制止を呼びかける警察のアナウンスが飛び交います。
でも、平成のかき比べにケンカは御法度。
というか、もたもたしてる間に機動隊に割り込まれてしまい、引き離されてしまいました。
なんじゃ、そりゃって感じで終わってしまいました。
かき夫同士の小競り合いはあったみたいだけど、遠くからじゃ分からず。
介入される前にとっととやれよって感じでした。

警察がマイクで再三「やめろ!」と怒鳴ってましたが、ある時、
「○○は相手になるな!」と言うべきところを、
「○○は相手にならんぞ!」と言い間違え、笑われてました。
煽ってどうするのよ!?

ケンカが収まったと思ったら、境内にいたある太鼓台が急に発進。
警察の制止アナウンスを振り切って出て行きました。
「お! ケンカか!?」
と、大勢の人が出て行くので僕も一緒に神社の外へ出てみました。
向かい合う2台の太鼓台を想像して表通りへ出たものの、出て行った太鼓台の姿すらない…。
  あれ?
人々が角を曲がって行くのが見えたので覗いてみたら、遠ざかる太鼓台の姿が見えました。
なんだかよく分からず、境内へ戻りました。
照にそのことを話していたら、隣にいた知らないおじさん、
「○○とケンカしに行ったんじゃ!」と、飛んで行っちゃいました。
一体全体、何が何だかさっぱり分かりませんでした。

 

その後、太鼓台が1台来て差し上げ。

でも、次が来ないまま、時間だけが過ぎて行きます。
すると、1番手に入場した太鼓台が急に動き出しました。
慌てた警察がケンカと間違えて制止アナウンスを呼びかけましたが、実は単純に帰りたいだけだったようで、アナウンスが女性司会者に変わった頃には神社から出て行ってしまいました。
入場はだらだら、退場は駆け足でいなくなる太鼓台。
続いて1台、また1台と出て行ってしまいました。

お神輿は神社に宮入して終わるけど、太鼓台はまた神社から出て行き、それぞれの地区へ戻って終了となるようです。

新居浜じゃ、これが当たり前なんだろうけど、開始時間は守らないし、入場もバラバラ、急に飛び出していくのもいるし、せっかく集まったのに一斉かき比べもせず、急に帰り出す、こんな統一されてない共同運行は松山じゃありえません。

 もう、陽も暮れてきました。

このままいてもあくびしか出ないので、帰ることにしました。


帰りは下道で。
だらだらかき比べのおかげで眠たくて、のんびり走ってると睡魔に追いつかれそうだったのでアクセル全開。
新居浜と西条の境あたりで国道を横断する太鼓台に妨げられたけど、予想以上の早さで松山に帰って来られました。
いつもお墓参りの帰りに立ち寄る久米のうどん屋で晩ご飯。
照は本日2缶目のビールを呑み、僕は大盛りのうどんで満腹に。

家に着いたのは夜9時過ぎでした。

正直、新居浜太鼓台祭りはもういいかな。
来年は西条のだんじりを見に行こう!

メモ書きへ戻る→