平成18年4月30日 天気:

50年ぶりの口屋内

どーも最近、「照メモ」っぽくなってる気がする今日この頃。
再び、お出かけです。
いつものようにそれは突然やってきました。

「天気がええけん、どっか行かんか?」

後で聞いたところによると、その日は松山市議会選挙の日で、八坂小学校で投票を済ませた足でウチに寄ったのでした。
いつものように、「天気も良い」ので「何処か」へ行きたいと、照。
でも、ゴールデンウィークに入ったばかり。
「西条の、あれ、なんて言うたかなー、チロルの森じゃったかなー、行ってみんか?」
西条の山の中にあるチロルの森は去年、照リクエストで行ったけど、その日も連休で、駐車場渋滞が出来るほどの大混雑。
GWはどこも混んでるからなぁーーと言うと、しょんぼりする照。
この頃、照はすぐしょんぼりするのら。
うーん、またいつものパターンになってきた。。。

それじゃあ、と提案したのが、前から行こうと言っていた四万十川
四万十川の河口に近い山村、口屋内にず−っと昔、山仕事で住み込みしてた話を聞いたことがありました。
四万十川のその辺りには僕も度々、テント持ってスクーター・ツーリングで出かけた大好きな土地。
でもこの頃、全然行けてませんでした。
つい先頃、照が再び八十八ヶ所参りを再開し、足摺岬にある札所に行くときにでもついでに立ち寄れたらなぁ、って思ってた所でした。
(ちなみに、先日、足摺岬を含め、高知の札所を照一人で廻ってしまい、「ついで」に行くのは不可能となっていました)

携帯にデジカメにGPS持って出発。
今日は思いっきり上天気。
車内では相変わらず、照はタバコをぷかぷかしていますけど、窓開けて走れるので、前回のように目が痛くなることもありませんでした。

今回の四万十川ルートは-

松山国道56号線内子県道32号肱川国道197号線日吉国道320号線松野国道381号線西土佐国道441号線口屋内

納経所の閉門時間に合わせた忙しい遍路旅とは違うので、マイペースに。
何度もスクーターでたどった道。
嘗て知ったる何とやらで、自然、アクセル全開。
行けぇぇぇぇぇぇ!

内子からは通常、県道229号線で行くところを、対岸の、通な32号肱川公園線で。
途中には坂本龍馬が脱藩した際、肱川下りの船に乗ったとされる宿間って場所があったりします。
南に行くにつれ1.5車線の狭い道になります。
照は「イマドコ?」な感じですが、狭道好きな僕はルンルン♪
ひとりなら、写真も撮りまくって、寄り道しまくるんだけどなぁ。
ちなみに、義も「この道はドコに通じてるんだろう?」な通な道が好きだとか。
だけど、照にはまるっきりその気はないので、「もっとええ道、無いんか?」とそのうち、文句が出る前に、ひょいと橋を渡って国道197号へ。
名残惜しいわぁ。

最初の休憩ポイント、道の駅・ひじかわ清流の里へ。

連休でツーリングの大型バイクも並んだ駐車場。
トイレ休憩ついでに、直販所でキーウィ6コ入り100円を2パック購入。
さすが、道の駅! 安い!
照はというと、お茶を買ったかと思ったら、併設されているコンビニへ行き…、

ご機嫌さんです。

出発。
缶ビール飲んでご機嫌さんな照。
鹿野川ダム湖沿いの道は近年、トンネルが整備され、とっても快適で、ハンドル持つ手もルンルンな誠。

道の駅・日吉夢産地で再び休憩。

今回のルートは道の駅だらけです。
(寄らなかったけど)内子には「フレッシュパークからり」、先の肱川「清流の里」、城川には「きなはい屋しろかわ」、ここ日吉は「日吉夢産地」、広見には「森の三角ぼうし」、松野は「虹の森公園まつの」。
街の人にはなじみがないと思うけど、道の駅には農産物の直販所に、24時間OKな綺麗なトイレ、広い駐車場が完備。
休憩には最適。
ツーリングの際は必ず立ち寄って一息入れるようにしています。


ゆるやかにカーブを描く国道320号線から、高知へ向かう381/441号線へ入り、松野町へ。
国道と並んで流れる広見川は四万十川の支流。
それはもうホント清流です。
松野町と言えば滑床渓谷。
連休だから、雪輪の滝周辺も人だらけになってるらなぁ、きっと。

車は県境を超え、高知県へ。

そしてついに四万十川!

松山を出てから約3時間で到着。
やっぱ、車は速い!
いつもはスクーターで半日がかりだったから、それに比べたら、もう、楽チンでい。

以前、西土佐村と呼ばれていたこの地域は合併後、四万十市の一部となっていました。
村の呼び名は変わっても、四万十川も、山の稜線も、何度もテントを張ったキャンプ場も昔そのままでした。
広い河原にはテントやタープ張った観光客の姿もちらほら。
車やバイクも四国外ナンバーばかり。
さすがGW。

と、上の写真を撮っているとき、救急車が追い越してゆきました。
こんなお休みにカワイそうに…。
救急車が走っていたのと同じ方へ、我々も向かいます。
最終目的地は口屋内。


照が30代の頃。
戦後、再び、木材・伐採関係の仕事に就いていた照は、口屋内に住み込んでいた時期がありました。
現場は四万十川の支流・黒尊川(くろそんがわ)沿い。
黒尊渓谷はとても綺麗な場所で、林道を進み、鬼ヶ城山を超えると宇和島、という場所。
口屋内にはお世話になった散髪屋があるらしく、できたら挨拶のひとつでもしたいなぁ、と以前から照は言っていました。
ヨシも後から口屋内に来て一緒に働いていたそうです。


江川崎から口屋内まで約15キロ。
国道441号線は1.5車線。
拡幅工事も全然進捗してないというか、計画にないというか、よく言って昔のままです。
連休なので対向車が結構やってきます。
それも、普段、街中しか走ってないような車ばかりで、避け方も知らない車ばかり。
中にはクラクションならせば駐まってくれるだろう的に突っ込んでくる4WD乗ったお馬鹿も。

昼前に口屋内に到着。
写真の道はこれでも国道です。

口屋内と言えば沈下橋。

スクロールして見て下さい。

四万十川もこの辺りは川幅も広く、流れも穏やか。
カヌー/カヤックには最適!
あちこちでカヌーのレンタルをやってるので、いつかやってみたい!
でも、個人的には、ライフジャケット(救命胴衣)着て河口まで、土左衛門みたく、流れ漂ってみたい!!

照昔話。
松山に帰ろうとした日、四万十川が増水し、沈下橋も文字通り、沈んだそうです。
でも、どーしても帰りたかった照はなんと、泳いで渡ったんだそうです!
増水した四万十川をですよ!

道の「10」は水深表示。
こんな所まで書かれてるということは、ここまで水が来る可能性があると言うこと。
この川を泳いで渡ったなんて、凄いというか 無謀です。

写真を撮ってたら救急車が渡ってきました。
先に追い越していった救急車です。
着いてく車が3台。
車内にはマウンテンバイクやら積んでるのが見えました。
黒尊渓谷でテント張ったりして、林道をバイクで乗り回してたら、友達の一人が大怪我して救急車を呼んだ、って所だと思われ。
遊びに来てケガしちゃダメダメです。

んなこんなで、写真を撮りまくってるうちに、照は一人、50年ぶりの口屋内を満喫…、でもないみたい。
照に言わせると口屋内も大分変わったそうで。
昔はこんなに家がなかったと申しておりました。
ましてや、民宿なんて無かったと。

目的の散髪屋が見あたらないらしく、ちょっと淋しげ。
ちょっとセンチメンタル。
でも、民宿の人に聞いてみると、あっさり教えてくれました。

民宿のすぐ隣でした。
看板はありませんけど、中に散髪屋さんらしい椅子がありました。
人の気配はゼロ。
照は覗くばかり。
50年前にお世話になった人ですから、生きてるとしても100歳近いらしい…。
生きてるわけ無いか、と、今頃言うのでした。

照、この後、タバコの吸い殻を足下にポイ。
人んちの前にポイ捨てするとは…。
すかさず、拾った誠なのでした。

散髪屋の斜め前の家を、別角度から撮った写真です。
50年前、この2階建ての家、もしくは隣の空き地にあったであろう2階建ての家に住んでいたそうです。
とにかく、2階建ての家としか覚えてなくて、当時はこれほどに家も建ってなかったそうなので、正確には思い出せないそうです。

口屋内から名古屋に行く間にも、照・ヨシ夫婦はいろんな事がありました。
でも、ヨシはホントに照が好きだったんでしょうね。
こんな不便極まりない山の中にまでついてきて一緒に山仕事するなんて。
松山にいればもっと楽な暮らしが出来ただろうに。
戦後の照といえば、錦町の家のリフォーム代2万5千円を持ち出し、呑み仲間と連日どんちゃん騒ぎで使い果たしたりしておりました。
サカエは着物を質に入れ、大工に支払いを済ませたのですが、如何せん、質屋に利子を払うだけで精一杯。
泣く泣く、流したそうです。
サカエもトホホなやんちゃぶりな照。
そのせいで、郡中もお冠。
一度、引き離されて郡中に戻ったヨシですが、転勤した照を名古屋まで追いかけてゆき、その後はなんだかんだと言いながら、みんな承知の通り、一生添い遂げます。
そう。
なんだかんだ言いながら、ヨシは照に惚れてたんだなぁ。
ヨシは幸せ、照もヨシに出会えて幸せ。
そんな二人の始まりの頃の1ページを飾ったのがこの界隈でした。

50年。半世紀。
人は変わり、町も姿を変え、道は舗装され、口屋内大橋なんて橋も架かりました。
けれど、変わらないものもあります。
山並みに四万十川の流れに沈下橋、そして、思い出の中の口屋内。

あ、そうそう。
50年前は自家用車なんて持ってなかったので、列車で江川崎まで来て、そこから延々、口屋内まで歩いてきたそうです。
15キロですから、4〜5時間はかかったことでしょう。
松山に帰るときはまた歩いて江川崎から列車に乗るか、中村市まで出ればバスもあったそうです。
もっと凄いのが、窪川から夜通し歩いて来たこともあったとか。
その距離、なんと70キロ!


口屋内を出る時、ちょうど、正午のサイレンが谷間に鳴り響きました。
長距離フェリーで鳴らす別れの汽笛のようでした。

来た道を戻ります。

岩間の沈下橋の辺りで撮った四万十川。
川は右から左へ流れています。

江川崎周辺は僕にとっても初キャンプした思い出の地。
ちょいと寄り道させていただきます。

長生の沈下橋。
向こう岸の河原には気の早い子供達が海パンではしゃいでいました。
でも、この日はTシャツとロンTの重ね着でも汗が出る暑さなのでした。
丹原では28.5度を記録した夏日となりました。
山の中、川のすぐそばなのに、待たせちゃいけないと急いで写真を撮ってたら、額に汗がだらーー。
とても暑くて、水着の子供達がちょっとうらやましかったりしました。

沈下橋は車1台分しか幅がありません。
ガードレールもありません。
だから、真ん中を歩かないとちょっと怖いです。
「はしを歩くなかれ」。
一休さんじゃなくても、端は歩きたくないのでした。

車に戻ると、なんだか、照、不機嫌な感じ。
待たせすぎたかな?
でも、ホントのところはお疲れさんなのでした。
なので、松野町の道の駅で休憩を取ることにしました。

さすが、GW。
こんな山の中の道の駅に車の列が…。
道路を渡った第2駐車場も満杯。
それはなぜかと言いますと…。
ガラス体験もできる工房と…
淡水魚の水族館、「おさかな館」があるからです。

直販所横に臨時テントでやっとこさ、うどんで昼食となりました。
その後、なんと、照、おさかな館に行きたいと言い出しまして。

淡水魚は地味な柄の魚ばかり。
アカメっていう四万十川の主みたいな魚も展示されています。

同じ淡水繋がりで、アマゾンの巨大なピラルクとかも見ることが出来ます。
2メーター以上の巨体をバックに一枚撮りたかったけど、照もピラルクも気まぐれ。

さぁ、日が暮れる前に帰るぞ!
と、気合い充分で再びアクセル全開!

松山には5時頃、帰着。

270キロのドライブでした。

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