平成18年1月7日
「飛鳥」見物

真っ昼間にウトウトしていたら、玄関がガッと威勢良く開く音に目が覚めました。
“ああ、照じいだ…”って、音だけで分かっちゃいました。
「今治にのぉ、飛鳥が来とるんじゃと。見に行ってみんか?」
どーしよーかなー…。
実は徹夜明けでした。
迷ってはみたものの、照は「ねぇねぇ、行こうよ」って感じだったので、OKしちゃいました。


今治へは奥道後ルートが早いんだけど、錦家からも、高縄山や奥道後ロープウェイの山頂駅に雪雲がかかってるのがはっきり見えたので、海ルートに変更。
30分は余計に遠回り。

今治港へ着いてはみたものの、飛鳥はどこにも見あたりません。
照はニュースで今治にいるって事だけしか聞いてなかったようでした。
今治港は島嶼部や対岸の三原を結ぶフェリー位しか停泊しないので、飛鳥クラスのクルーズ船が泊まるには小さい気がしていました。
で、以前、パルティ・フジに寄り道した時、そばにタンカークラスの岸壁があったのを思い出したので、行ってみました。

ビンゴ!

さすが、日本一の豪華客船。
ちょっとしたマンション並みに大きいです。
全長200m弱。
この写真も、分割撮影した写真をパノラマ写真ソフトでつなぎ合わせて作成しました。

見物人も一杯。

照も、望遠レンズ、バリバリの一眼レフカメラ持って撮影会。

戦時中のお話。

戦中、入隊した照は中国へ渡りました。
下関から船で山海関に上陸。
大陸を鉄路で南下、上海辺りに駐屯していました。
前線から離れた場所で物資補給部隊。
終戦後は、引き揚げ船で帰る日本兵に食料だのを配給する仕事をしつつ、最後の船で佐世保に帰ってきました。

さて、これはなんでしょう?

正解は、ネズミ返し。

牽引ロープを伝って来るネズミ侵入防止板です。

ちなみに、今回の「初春のしまなみ海道・南紀クルーズ 」の旅行代金は、5日間で、
20万〜80万円。
新たに就航決定した「飛鳥U」での世界一周はというと、101日間で、
360万円〜1800万円。

貧乏性の方のために、一応、補足しますが、船内の飲食は無料です。
ルームサービスやアルコール、マッサージなんかは別料金だけど、一日5食したって大丈夫。
マジックショーやミュージカルも観られるし、映画館、図書館なんかもあります。
けど、暇つぶしにはフィットネスか、カルチャー教室で習い事が一番と、橋田壽賀子先生が申しておりました。

船での別れのシーンに欠かせないのが、一時期、海洋汚染のため、禁止されていた紙テープ。
多分、これもツアーの一部なんでしょうね。
一人が投げ出したら、ドンドン降ってきました。
岸壁にいるのは単純に見物人ばかりなんだけど。
子供たちは訳も分からず、ただ嬉しそうにテープ拾って、手を振って。

岸壁の内も外も見物人らの車がずらーーーり。
飛鳥が離岸してすぐ、僕らも埠頭を離れました。


牡丹雪が舞ってきたので、照が海ルートを指示。

厄年イヤーなので、菊間の厄よけで有名な遍照院に立ち寄り、合掌。
「山門の入り口で草履に履き替え、参拝後に自身の厄を託して草履を焼くのが習わし」
というのは、さっき知りました。

飛鳥の出航につきあってしまったため、結局、6時前に帰宅となりました。

メモ書きへ戻る→